―日本の手仕事を支える道具の世界―
はじめに
木目金(もくめがね)は、積層・圧着・削り・彫り・磨き・着色という工程からなる、非常に複雑かつ繊細な金属工芸技術です。
そして、そのひとつひとつの工程を支えるのが、長年受け継がれてきた「伝統道具」たちです。
- どのような道具が必要なのか?
- 現代の道具とどう違うのか?
- 職人はどのように道具を扱っているのか?
この記事では、木目金制作に欠かせない20種以上の代表的な道具を、用途別に写真付き・実用解説付きで紹介します。
1. 積層・接合工程で使う道具
● 平板金属(素材)
木目金の積層には、以下の金属を**薄板状(0.3~2mm程度)**に加工したものを使用します。
- 純銀・純銅・赤銅・四分一・金など
- 【参考工具】:ローラー(圧延機)/シャーリング(板切断機)
※素材は既製品購入か、自工房で延ばす場合もあります。
● 酸洗い用セット(洗浄器具)
金属表面の酸化膜・油分を除去するための道具。
- ピックリング溶液(希硫酸や重曹)
- メッシュトレー
- ステンレストング
- 酸洗槽(耐酸プラスチック容器)
🧪 注意:使用する薬品は工房により異なり、安全対策が必要です。
● クランプ(固定具)
積層した金属板がズレないようがっちりと固定するための器具。
- C型クランプ(中型・小型)
- 焼き鈍し金属線(針金)を使って手縛りする場合も
📌 職人によっては「専用金属フレーム」や「自作の万力」を使用することも(※個別流派に依存/不確定)。
● 鋳造炉/炭火炉/電気炉
積層した金属を高温(800~950℃)で加熱・圧着するための設備。
- 小型の電気炉(温度制御可能なものが望ましい)
- 炭火炉(伝統技法では現在も使われる)
- トーチバーナー(小型品や部分加熱に対応)
🔥 不確定情報:昔ながらの「炭火炉」の管理方法は職人ごとに異なるため、正確な温度制御法は明文化されていないことが多い。
2. 削り・彫り工程で使う道具
● 平ヤスリ/半丸ヤスリ/丸ヤスリ
模様出しや整形の基本中の基本。
- 平ヤスリ:面を均一に整える
- 半丸ヤスリ:曲面や角部
- 丸ヤスリ:穴加工、スポット模様に
🔧 粒度は#200〜#1000程度を使い分ける
● 彫タガネ(ちょうたがね)
金属表面に模様や彫りを入れるための刃物。
木目金では、模様を強調したり、着色の境界を明確にするために使われる。
- 平タガネ、片切りタガネ、毛彫りタガネ など
- 柄の長さや刃先角度は作家ごとに調整
🛠 自作・自研磨が基本。市販品を加工する職人も。
● リューター(マイクロモーター)
近年の定番。微細な模様出し・局所削りに最適。
- 超硬バー、ダイヤバー、フレキシブルシャフト使用
- 回転数:3,000〜25,000rpm(作業内容に応じて)
💡 “手削り派”の職人はリューターを使わない場合もあり(美学として)。
● グラインダー(荒削り用)
積層直後の整形や模様出し前の表面削りに使用。
ディスク系(砥石やサンダー)とベルト系(ベルトサンダー)がある。
⚠ 摩擦熱による変色・酸化に注意。冷却を挟むのが基本。
3. 仕上げ・研磨工程で使う道具
● 耐水ペーパー(紙やすり)
研磨工程の最初に使用する道具。
番手:#400〜#2000程度を用途に応じて順に使用。
- 曲面は「スポンジペーパー」など柔軟性のある素材が◎
● 磨きヘラ/バフ/リューターバフ
- 磨きヘラ(金属製):局所的な光沢出し、変形防止に便利
- リューター+布バフ:広範囲に均一な鏡面仕上げ
- フェルトバフ+青棒/白棒/赤棒:研磨剤で仕上がりコントロール
● 研磨剤(青棒/白棒/赤棒など)
それぞれ用途が異なる。
- 青棒:粗研磨用(硬い)
- 白棒:中仕上げ
- 赤棒:鏡面仕上げ
🧴 使用時は綿手袋/保護メガネ/マスクを推奨
4. 着色・表面処理で使う道具
● 煮色着色用鍋・薬品
伝統技法「煮色(にいろ)」に用いる専用の薬品セット。
- 煮色鍋(銅 or ステンレス)
- 薬品:硫酸銅、酢、食塩、重曹など(配合は流派による)
- 精密温度計:色の安定化に必須
🧪 薬液の配合比・温度帯は職人や工房ごとに“秘伝”的扱いのため、不確定情報が多い。
● 超音波洗浄機
最終研磨後の微細な汚れを取り除くために使用。
- 水+中性洗剤または専用溶液
- 長時間の使用は“接合部の弱体化”に注意
5. その他の補助工具・設備
道具名 | 用途 |
---|---|
ルーペ・顕微鏡 | 模様の精密観察・細部確認 |
焼き鈍し炉 | 金属を軟化させるための熱処理 |
金属定盤 | 水平な基準面として加工時に活用 |
万力 | 小型品やブロックの固定に使用 |
ノギス・マイクロメーター | 厚み、削り量、寸法測定用 |
研磨マスク・防塵ゴーグル | 安全対策(鉄粉・研磨粉の吸入防止) |
6. 工房ごとの「道具哲学」も知っておこう
- 道具を「使い込む」派と「最新機器に更新する」派がある
- 多くの職人は自分で道具を改良・自作している
- ある職人の言葉:「道具は“手の延長”ではなく、“考える手”そのものだ」
7. 現代と伝統の融合:今、使われている新しい道具たち
- 3D CADで模様を設計 → CNCでベース加工 → 手作業で模様仕上げ
- 炭火炉の代わりに電気炉+制御システムで温度管理
- 表面研磨にダイヤモンドスラリー+高精度ポリッシャーを導入する例も
📌 ただし「すべて機械化すれば良い」という意見には賛否あり。
模様の“偶然性”や“手感覚”は、依然として手作業に軍配が上がるとする職人が多数。
まとめ:道具が支える「命の模様」
木目金の世界において、職人の手技と同じくらい重要なのが「道具」です。
1本のタガネ、1本のヤスリの“角度”と“切れ味”が、模様の表情を左右します。
道具は単なる道具ではありません。
それは、「職人の思考と感性が宿る媒体」であり、「技術の記憶装置」でもあるのです。
【補足と注意点】
- 本記事で紹介した道具は、あくまで代表的なものであり、地域・流派・職人によって呼称・形状・用途が異なる場合があります。
- 特に「煮色薬品の配合」「焼き加減の判断」「自作道具の詳細」などは口伝・師弟制が主流で、明文化されていない情報も多く、“不確定”な部分が存在します。
【参考文献】
2000年4月9日付 朝日新聞 東京地方版/秋田 29頁、
2001年9月1日付 朝日新聞 東京地方版/秋田 32頁、
2004年8月28日付 朝日新聞 東京地方版/秋田 26頁、
2009年11月6日付 朝日新聞 大阪地方版/石川 30頁、
2005年10月19日付 毎日新聞 地方版/秋田 24頁、
「宝石の四季」 No.198、 No.199
「技の伝承 木目金の技法について」
アートマニュアルシリーズ メタルのジュエリークラフト
「人間国宝・玉川宣夫作品集」燕市産業資料館
「金工の伝統技法」香取 正彦,井尾敏雄,井伏圭介,共著
「彫金・鍛金の技法I・II」 金工作家協会編集委員会編
Wikipedia(ウィキペディア)
「金工鐔」光芸出版
MOKUME GANE JEWELRY HANDBOOKS (IAN FERGUSON著)
Mokume Gane – A Comprehensive Study (Steve Midgett著)
Mokume Gane. Theorie und Praxis der japanischen Metallverbindungen (Steve Midgett著)
Mokume Gane: How to Layer and Pattern Metals, Plus Jewelry Design Tips(Chris Ploof著)
※髙田邦雄の許可無く本文書の一部あるいは全文のコピーならびに転用を禁じます。