―異分野が交差する“層”のデザイン哲学―
はじめに
木目金(もくめがね)――それは異なる金属を重ね、削り、磨き、時に捻り、模様を浮かび上がらせる日本の伝統金属工芸技法。
一方、現代建築とは、素材・構造・空間・環境・技術を統合し、人間の生活と未来のあり方を問い直す造形表現の最前線。
この一見まったく異なる二つの領域――伝統金工と現代建築が、実は多くの「構造的・思想的な共通点」を持っていることをご存知だろうか。
本稿では、木目金の造形に内在する「層構造」「偶然性」「素材融合」「時間性」といったキーワードを軸に、現代建築との“意外な”共通項を丁寧に読み解いていく。
これは、単なる意匠論ではない。
ものづくりにおける根源的な問いと応答の構造をめぐる、二つの表現世界の比較論である。
1. 木目金と現代建築、それぞれの構成要素
● 杢目金の構造要素
要素 | 内容 |
---|---|
素材 | 金・銀・銅・赤銅・四分一などの異種金属 |
構成 | 多層積層構造(10〜30層以上) |
接合 | 拡散接合(熱と圧力による一体化) |
造形 | 削り・曲げ・彫り・ねじり等 |
模様 | 層構造から生まれる木目・波紋・渦等の自然形態 |
表現 | 偶然と意図の混合/繰り返しの中の差異/一点性 |
● 現代建築の構成要素(※建築家によって流派は異なる)
要素 | 内容 |
---|---|
素材 | 鉄・コンクリート・ガラス・木材・カーボンなど |
構成 | フレーム構造/積層構造/組積造/ハイブリッド |
接合 | 溶接・ボルト・グラウト・一体打設など |
造形 | 層・曲線・透過・斜め・非対称などの操作 |
模様 | 光・影・風・時間による表層変化 |
表現 | 文脈性・素材誠実性・機能と詩性の両立 |
2. 共通点①|積層構造とその表出
杢目金の模様は、異なる金属を積み重ねた構造体から削り出される。
それはあくまでも「内在していたもの」が、職人の手によって“顕在化”されたものである。
この発想は、現代建築の積層構造、特にコア・スキン・外装が三層以上に組み合わさるハイブリッド建築に近似する。
建築家が層の断面をそのまま外観に出したり、内装に“構造を見せる”設計手法(例:構造表現主義)は、杢目金の模様出しと非常に近い。
内部の構造を隠すのではなく、むしろ素材と構造を“見せる”ことが美であるという思想が共通する。
3. 共通点②|異素材の融合と“対話”の美学
杢目金では、金・銀・銅・赤銅・四分一など、熱膨張率も接合条件も異なる金属を、職人が調和させる技術が求められる。
この“異質性の融合”という考えは、現代建築においても
- ガラスと鉄
- コンクリートと木
- 自然素材と再生素材
といった異種素材をひとつの建築に融合する設計思想に共通する。
しかもそれは、単に性能上の融合ではなく、意匠的・詩的な緊張感を生むための融合であるという点で酷似する。
4. 共通点③|偶然と制御のはざまで生まれる表現
杢目金では、模様を完全に“設計通り”に出すことは不可能である。
どれだけ緻密に層を重ね、削る位置を決めても、微細な誤差や削りの深さで模様は変化する。
そこに、“偶然の美”が宿る。
これは建築における
- 日光の入り方
- 時間帯による影の動き
- 材料の経年変化
といった「設計者の手を離れた」要素によって建築が完成する過程と重なる。
つまり両者とも、制御された構造の中に、計算外の美が含まれるという本質を持つ。
5. 共通点④|“断面美”へのまなざし
杢目金は、まさに断面で模様が決まる技術である。
積層構造の「断面」が、そのまま作品の顔になる。
これは、一般の金属加工では“避ける”べき行為だが、杢目金では断面=意匠という逆説が成り立っている。
同様に、建築でも一部の建築家(例:磯崎新、妹島和世ら)は、建物の「断面」構成や通風層、スラブなどを見せる建築=建築の断面美学としてデザインする。
6. 共通点⑤|時間と記憶を刻む構造
杢目金の模様は、単なる形ではなく、“時間の重なり”である。
- 一層ずつ重ねる時間
- 接合される時間
- 削られて模様になる時間
この「記憶された構造」という意味で、杢目金は時間と素材のアーカイブである。
現代建築における
- 使われ続けて風化する外壁
- 年月と共に色褪せる木材
- 再利用素材を使うサステナブル建築
にも、同様の“記憶を刻む素材設計”が存在する。
7. 共通点⑥|光と影が模様を決定づける
木目模様は、素材そのものよりも“反射”と“影”によって表情を変える。
浅い模様は光で柔らかく現れ、深い模様は陰影が強く出る。
これは建築における
- スリット(縦の溝)
- ファサードのパターン
- 外装の波型デザイン
など、「光によって浮き上がる意匠」と構造的に一致する。
どちらも**“模様=光と角度の関数”**であるという考えが基本にある。
8. 共通点⑦|可視化できない構造の“存在感”
杢目金では、見えていない“裏側の層”があることを前提として模様を構成する。
つまり、観察者は模様を見るとき、「この模様の裏にも層が続いている」ことを無意識に感じる。
これは、建築で言えば
- 背後の構造体を感じさせる外装
- 光の当たり方によって見え隠れする内壁
- 動線の中で意識させる視線の抜け
など、見えないものを意識させる空間設計と類似している。
9. 杢目金が建築に応用される可能性(現代事例)
実際に、杢目金の思想を取り入れた建築的応用も生まれつつある:
- インテリア建材(壁パネル・ドアノブ・手すりパーツ)における模様の唯一性
- アートウォールやモニュメントにおける**「削ることで模様が出る層素材」**
- 木材・金属・ガラスなど異素材の積層ハイブリッド素材の設計思想
※ただし、杢目金自体を構造材に用いる事例は少なく、工芸的・装飾的な応用が中心である点には留意すべきである(建材としての使用は現時点では不確定)。
終わりに|“意匠とは構造である”という共通認識
木目金の模様は、表面だけの装飾ではない。
構造そのものが意匠となり、削りによって初めて“可視化”される美である。
建築においても、真に美しい建築とは構造そのものが美しい。
見えないもの、時間、素材、技術、思想――それらすべてが“層”として重なりあい、人の眼と心に届くのだ。
木目金と建築。
両者は、素材と構造に宿る“詩”を、異なるスケールで語りかけてくる。
【参考文献】
2000年4月9日付 朝日新聞 東京地方版/秋田 29頁、
2001年9月1日付 朝日新聞 東京地方版/秋田 32頁、
2004年8月28日付 朝日新聞 東京地方版/秋田 26頁、
2009年11月6日付 朝日新聞 大阪地方版/石川 30頁、
2005年10月19日付 毎日新聞 地方版/秋田 24頁、
「宝石の四季」 No.198、 No.199 「技の伝承 木目金の技法について」、
アートマニュアルシリーズ メタルのジュエリークラフト、
「人間国宝・玉川宣夫作品集」燕市産業資料館
「彫金・鍛金の技法I・II」 金工作家協会編集委員会編
MOKUME GANE JEWELRY HANDBOOKS (IAN FERGUSON著)
Mokume Gane – A Comprehensive Study (Steve Midgett著)
Mokume Gane. Theorie und Praxis der japanischen Metallverbindungen (Steve Midgett著)
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